11/17/2015

ラスコン

たしか、ちょっと前に「人の立場に立って考える」ということについてこの場で書きました。そして、こんなにも早く、もう一度このことについて触れることになるとは思ってもみませんでした。

パリで、すごく悲しい事件が起こりました。「人間ひとり」が100人以上なくなったのです。もしこれが東京の新宿や渋谷、六本木なんかで起こったらどうでしょうか。耐えられるでしょうか。今パリ市民の方々は不安でしょうがない日々を送られていることと思います。

SNSではフランスの国旗を自分のアカウント画像にかぶせ、追悼の意を示すということが盛んにおこなわれています。しかし、これについて私は、ずれているのではないかと感じるのです。

多くの命が奪われたことに対して、純粋に追悼の意を表したいのだと思うのですが、フランスの国旗をかぶせるという行為は必ずしもそこにはつながらないと思うのです。フランス国旗は亡くなった方たちを示すものではないからです。

フランス国旗はフランスのシンボルです。つまりフランスを追悼することになります。さらに、悲しいことに世界ではテロによって亡くなる方はフランス以外にもいます。もっと言えば、今回テロの❝被害者❞という形になったフランスの空爆によって命を奪われた、何の罪のない人々もシリアにはいます。

そんな方たちがこの現象を見たらどう思うでしょうか。亡くなった方を悼み、純粋な追悼の意味でフランス国旗をかぶせている本人の本意は伝わるのでしょうか。どうして罪もなく命を奪われるシリアの方々の追悼の意を表して、シリア国旗をかぶせる人がいないのでしょうか。

それはきっと、シリアの国旗をかぶせるのは自分もイスラム国を支持しているようでまずいでしょう、などということではないでしょうか。フランスならいいのでしょうか。つまり、フランスの国旗をかぶせることで、「私はフランス側の人間です」とそう見る人には見られるということです。そこまでの理解が果たしてあるでしょうか。

様々な角度から、さまざまな人の立場、気持ちになって、想像して、物事をとらえたいと私は思います。そういう努力をします。

今回の事件に対して、純粋に悼み悲しみ追悼している、心優しい人々が誤解されないためにも、きちんと立ち止まって考えてほしいと願っています。

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