4/30/2015

カステラ

私には、映画館に行きたいな、と思うとき、映画を観たいというより“映画館に行きたい”というときがあります。
同じように、コーヒーでも飲もうか、と思うとき、コーヒーが飲みたいというより“喫茶店に行きたい”というときがあるんです。
人には、人の数だけ落ち着くところがあって、みなそれぞれ“落ち着く”にお金を払っている部分がとても大きいと思います。そして、“落ち着く”っていうのは“安心”とも言い換えられるんじゃないかな。

従来人間は群れを成して行動する動物ですから、独りぼっちが一番落ち着くんだってことはないんだと思う、基本的には。
流行りの店というのもそういうことなんでしょうか。行列ができているお店があると、あ、人がたくさんいるからとりあえずここは安心だ。危ないところではなさそうだ。脳みそというか身体が反応するようなところがあるんだろうなと思うんです。ただただお店の前で並んでいるふりをする人に、お金を払うお店もあるんですもの。

流行りとか人気っていうのも“安心”の一つの形なんでしょう。そう考えるとちょっと面白い。人間はやっぱり動物なんだなあ、と思えて少し愛くるしく見えてきます(もちろん例にもれず私も愛くるしい人間のうちの一人です)。
生きるって“安心”を追い求める活動のことだったりするですよね。

4/29/2015

チョコチップクッキー

ふと、地球上で男女比が大体1:1なのはなぜだろう、と考えました。
誰かが上から指示していたり、人間全体が実は何かでつながっていたり、何とも抽象的で答えにならない答えばかりが私の頭の中に浮かんでいたから、調べてみました。

そうしたら、やっぱりエライ先生たちが研究しているんですね。みんな考えることは同じです。
難しい言葉の羅列にやられそうになりながら(こうしたみんなが知りたがる理論こそ、やさしい言葉で書くべきだと思うんだけどなあ)なるほどな、なんて一応の納得はできました。

批判を恐れずザックリ要約すると、
オス(もしくはメス)が極端に少ない世界を想定する。
生殖行為まで至ったメスは、少ない方のオスを産めば今後自分の子孫が残りやすくなるので、オスを産む。
他のメスも同じようにオスを産むので、徐々に比率が1:1になる。
ということだそうです。ほかにも細かいことはあるのだけれど、こういうことなんだって。

少子化が騒がれている日本は今現在どうなっているのか。
ほとんど男女比1:1といっていい比率なんだけれど、400万人くらい女性が多い。
女性たちよ、憂うことなかれ、10~40代までの人口は男性の方が多いんです。
男性たちよ、しょげかえらず、一緒にがんばりましょう。

4/28/2015

豆大福

私たち世代の男子達にとっての青春は、汗臭いシトラスの香りの記憶です。
大体の男子たちが同じ種類の汗ふきシートを使っていました。それがシトラスの香りだったのです。

部活帰り、汗臭いのがかっこ悪くって(ベトベトが気持ち悪くもあるし)、シトラスの香りで汗を拭き、気になるあの子に話しかけようか、話しかけまいか、ばれていないか、自然にふるまえているか、人知れず心が浮ついたものです。

香りは記憶装置で、不意打ち鼻を通して鮮烈な情景がよみがえります。
音(曲)もそうで、聞こえた刹那、“あの時”が“今”にフラッシュバックしてきます。

好きな香り、好きな曲って、実はそれ自体じゃなく、その香りがした、その曲を聴いた記憶が好きってことなのかもなあ。

4/27/2015

キャラメル

“現実的”という言葉はどれくらい現実的なんだろう。
世の中にあるものはすべて現実だし、世の中で起こっていることはすべて現実なんだけれど、なんだか「自分とはかけ離れたことで、あれは現実的じゃないんだ」って声があちらこちらから聞こえる。

語り古された言い方をすれば、誰も空を飛ぶことを現実的だとは思っていなかったし、誰も目に見えない電波なんてものを現実的だとは思っていなかった。もっと前は、誰も地球が動いているなんて現実的だとは思っていなかったんです。
 
これだけみんなの“現実的”が覆され、今までの”非現実的”が“現実的”にとって代わってきたのに、「なんでもあり得るんだなぁ」ということが自分の周りで起きているのに、まだ「自分には現実的じゃないんだ」は蔓延しているんです。
 
今自分が持っているもの、使っているもの、身に着けているものを見てみてください。
それはすべて”非現実的”を“現実的”にしてきた人類の歴史です。
“現実的”ってなんなんでしょう。

4/24/2015

きなこ餅

「帰るまでが遠足」とはよくいったもの。
“行く”があれば“帰る”があって、“帰る”がちゃんとできる人は頼りになります。
 
料理上手な人って、切るだとか、炒めるだとか、煮るだとか、“行く”の方が上手っていうのはもちろんなんだけど、包丁、まな板、フライパンを片づけたり、調理台をふいたり、“帰る”の方も何気なくちゃんとできる人なんです。
 
“帰る”は、「帰るまでが遠足」みたいに言われないと見えずらいし気にされない。
でも、その人が見えるのは、こういう“帰る”のときです。

4/22/2015

ミルクドーナツ

私はいつも、ある程度決まったコースをのんびり走ります。早歩きくらいのペースでゆっくりゆっくりと。
身体を動かす意味でもランニングはいいのですが、それよりも、頭と心のリフレッシュにいいみたいなんです。
 
私の場合、いったん物事を整理したいときなんかや、行き詰ってしまったときなんかに走ると、面白いアイディアが浮かんだりするんです。
脳科学者の茂木先生も、著書の中で、いつも通る決まったルートを歩いたり走ったりしているときに大体アイディアが浮かぶものだ、といった旨を述べています。
実際、勉強で何かを暗記したりするときなんかに、歩きながら行うと覚えやすいなんてことを言われていますよね。
身体を動かすことで、脳みそも活発に働くそうなんです。
 
今日は久々の春らしい陽気だし、ランニングにはちょうどいいですね。

4/14/2015

はじめのおやつ

八百屋さん、魚屋さん、お肉屋さんというような、専門のお店はすごく少なくなりましたよね。
 
大型ショッピングモールがたくさんできて、家の近くにはコンビニがあって、家に出なくてもインターネットでなんでもそろうようになりました。本当に便利で今までできないと思っていたようなことが出来るようになっています。
 
でも実は、ものがたくさんありすぎて、選択肢が多すぎて、本当にいいものだったり、本当に必要なものだったり、本当に欲しいものだったりを自分で見つけて、選んで、取り入れることが難しくなっているのかも。
 
いつもかわらぬおなじくらしの中の、ちょっとだけ素敵なおやつの時間のお届けです。