とにかく意地っ張りで、気が短くって、やせ我慢ばっかりする。「五月の鯉の吹き流し」とか言われたり、「宵越しの金はもたねえ」ってのが美徳だったりする。それだから、昼ごろになると店を閉めちゃう。いつまでも店を開けていると、「なんだ、あいつは今日食う分の金も稼げねえのか。だらしねえ野郎だな。」なんて言われちゃう。それはくやしいから昼になると閉めちゃう。
吉原にだって行く。何人か連れだって行く。でも上がりはしない。冷やかしに行くんだ。散々冷やかして帰っちゃって、また次の日も冷やかしに行ったりする。
「ひ」が「し」になっちゃう。「ひ」って言えないんだ。「しが暮れる」だし「しやかし」なんだ。
「いき」っていうのはこの人たちが生んで育てた“美”なんだよ。いきじゃない、野暮なしみったれは馬鹿にされる。下駄を履くときにかかと少し出した状態がちょうどいいっていうのも、この人たちがそうしてきたから。やせ我慢の一種で、これが「いき」だったんだって。
「なにいってやんでぃ、こんちくしょう」「しょうがねえな、まったく」こんなことをいいながら、ほんとうはおっかなびっくりだけれど、見た目は潔く生きている。人間臭くって素敵だ。
もちろんそう、江戸っ子の話しをしたのでした。
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