優しい言葉で話すというのは、実は難しいことなんですね。複雑なことを伝えなきゃいけなかったり、難しいことをかみ砕いてより分かりやすくするのも、実はそう簡単な作業じゃないんです。
どこの言語もそうだけれど、いろんな単語や言い回しがある。日常生活でよく使うものから、専門的な場でもめったに使われることのない言葉まで、様々です。それで、所謂簡単と言われるものは前者でして、難しいといわれるものが後者です。言ってしまえばこれだけのことで、難しいといわれる言葉や言い回しでも、日常生活でみんながたくさん使うようになれば、それは簡単の方に変化するんです。
でもね、この難しいといわれているものは、使う場面が極端に少ないから難しいと思われているわけで、意味はとても限定的なんです。いわば表現できる範囲が少ない、ということです。つまり、知ってしまえば簡単なんですよね。
一方の簡単といわれているものは、シンプルで表現できる範囲が広い。日常生活、みんなの暮らしの中で年中使われているから、いろんな意味合いが含まれてくる。表現する人や場所、時間帯によって変わってきたりする。複雑に変化していて、いよいよ簡単ではなくなっているんです。
優しい言葉っていうのは、これを全部わかっていなきゃ使えません。言ってみれば、言葉の達人しか操れないものなんです。その人が話せば、難しいことがどうしてどうして腑に落ちるし、簡単なことも味わい深いコクが出るものです。
これができるようになるには、これはもう日々の積み重ねなんです。生まれ持った言語的センスもあるしね。それと、素敵な文章や表現を見て感じないといけません。それともう一つ、自分の脚で歩き、自分の手でつかむってことも言葉にとって大切だったりするんだよなあ。
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