「坊や~よい子だねんねしな。い~まも昔も変わらない は~はのめぐみの子守歌~」なんて聴くと、みなさん懐かしく思うのではないでしょうか。「まんが日本昔ばなし」の主題歌ですね。わたしはこのアニメが小さいころから大好きです。今もたまに、観たりします。
この「まんが日本昔ばなし」の声優は市原悦子さんと常田富士さんのお二人だけでやられていたわけですが、本当に見事に一つ一つのキャラクターの個性が立っているのが印象的で素敵です。個人的には「貧乏神と福の神」「十二支の由来」なんかが印象に残っているなあ。
少し前、このアニメの声優として活躍された市原悦子がNHKの朝の情報番組「あさイチ」に出演され、「まんが日本昔ばなし」についてのお話をされ、「山姥」について自身の見解をお話しされる場面がありました。その中で、市原さんは山姥のお話がお気に入りで、山姥というのは“片輪”になった人や“毛唐”の人、所謂世間から外された人が山にこもり、恨みつらみをもって山姥になったのではないか、というような趣旨のお話をなさったんです。
市原さんが出演されたコーナーが終わり、別のコーナーに映った後、“片輪”“毛唐”という発言に対する、差別的発言だったとした謝罪が入りました。
市原さんは立派な方だとわたしは思いました。たしかに“片輪”や“毛唐”という言葉は今現在は差別用語として認識されているものですが、今現在そういうものが多すぎるというように感じます。なにか、そういう人はいないんだ、そういう存在は抹消したいんだ、とでも言いたいように感じます。
大切なことは、そういう人たちがいて、それをきちっと認めること。そして、その人たちもみんなふくめて住みやすい世の中にしていくこと。「差別用語だから使ってはいけません」で差別はなくなるものではないんです。言わずもがなだけど、やたらめったら使っていいわけでももちろんありません。とにかく、無いものにしてはいけません。これこそが、個性なんですから。
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