知っているつもりだったことに、つまり本当は知らなかったことに出会うことが増えています。それも本当にそうなのかまだ確信はできないけれど、本当の方向はこちらだよ、というようなことが見えてきたように感じるのです。
知ったかぶりとはちがいます。人に自慢げに言うようなことはないし、ただただ自分のなかで「こういうこと」と意識せず、無意識に固まっていたものがほろほろと崩れていっているのです。人間は意識してみてきたことが、無意識に根付いてそれが固まっていきます。そうなると、そう簡単にはその無意識の領域には意識がいかないものです。
なんだかぐちゃぐちゃになりそうなこんがらがった言い方ですが、意識的に無意識を意識しないと心の底はかわりません。無意識を意識的に疑てみないと、新たな発見はできません。それが外からやってくることもあるけれど、大体の場合内側を掘り起こして耕さないといい土壌にはならないし、芽も出てきません。
「知っている」と思っている状態は、無知より怖い場合が少なからずあります。ソクラテスの有名な「無知の知」もそこを気が付かせてくれます。もちろん、ある程度「知っている」がないと生きてゆくことすらできませんが、「知っている」を疑ってみると思わぬ発見ができるものです。
でもね、これをあれかもしれないんだけれどね、「知っている」にも「知らない」にも正解はないんだ。
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