食肉として育てられる牛がいます。バッグやソファの革として使われる牛もいます。乳牛もいますし、食べられる牛のなかでもとびきりランクの高い牛もいます。また、動物園で人間に見られる牛もいます。彼らはどこで別れたのでしょうか。
豚も同じように扱われます。おいしいハムなんかにもされます。鶏も一緒です。牛とか豚は神聖な肉だから食べない、と言う人たちもいます。様々です。選択権はみな、人間側にあるようです。食物連鎖の頂点にいますからね。自然なことかもしれません。
日本には昔から様々な土着の宗教があり、往々にしてそれらは多神教です。「八百万の神」と言ったりします。映画「千と千尋の神隠し」にもさまざまな神様が登場していましたね。“大根の神様”なんていう神様もいました。お米なんて一粒に7人の神様がいるだとか8人の神様がいるだとか言います。残すとバチが当たると、よく言ったものです。
頂点に君臨するものこそ、慈しみ深くまた、愛される存在でなければいけません。歯車をかけるも外すもわたしたち次第です。潤滑油も必要です。掃除をしてきれいに保つ努力をしなければいけません。それでも壊れる歯車もあるにはありますが。
即席の簡易的なものや、使い捨ての商品が増えることで、“手入れする”だとか“直して使う”だとかいうことがあまりにもないがしろにされてしまっているようです。「食」に関しても“命”が見えづらくなっています。
「いただきます」はわたしの好きな日本語の一つです。そのものに対する敬意を感じますし、日本人の素敵なところが出ている言葉だと思います。食の場面だけでなく「いただきます」がいたるところにあるといいです。
今日もこの「今日のおやつ」に訪ねてきてくださった方、ありがとうございます。どうぞ最後までたっぷり召し上がってくださいませ。お残しはいけませんよ、バチが当たります。
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