正直、「賛成」と「反対」、どちらだ。と聞かれても、どちらでもないことがあるのです。むしろ、そちらの方が多いように思います。二元論には必ず無理が生じる部分があるんです。反対に、答えが2つしかないから、答えやすいし考えやすくはあるのですがね。
そして、不思議と、これは二元論に限った話ではないのですが、人間というものは一度「こうだ」と思うと、それに加勢したり有利になるような情報ばかり集めるようになるし、それが行き過ぎると、これこそが正義であり絶対である、というような一元論になるのですね。
「白米と味噌汁の組み合わせが一番だ。これより優れた組み合わせはない」と言って他のものを排除していると、おいしいものを逃します。「そばに日本酒もうまいぞ」「チャーハンに餃子は最高だよ」「ハンバーガーにコーラもイケるよ」というのがあっていいですよね。白米にお新香もいいですし、白米に納豆もいいいじゃありませんか。
そういうところに気が付けて、楽しそうにできる人っていうのが救いだったりするかもしれません。「あなたの味覚はおかしいですよ、白米には味噌汁が一番合うんです。」「何バカみたいなこと言ってんだよ、白米にはお新香だろ。」とかやっている横で、ポリポリお新香をかじりながら白米をかきこみ味噌汁をズズーッとすすって満足げに「うまいねこりゃ」とか言っている人でありたいです。「納豆もたのんじゃおうかしらん」なんていったりね。
自分の「おいしい」に文句を言われる筋合いはないし、他人の「おいしい」に文句をつける道理もないよね。
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