11/23/2015

夏みかん丸漬

“Because it's there”
 
イギリスの登山家 George Mallory は"Why do you want to climb Mount Everest?"と聞かれ、こう答えました。人間は、世界一の頂を目指し始めました。無論標高8000mを超える場所では生きていけません。身体が死んでゆきます。死と隣り合わせのチャレンジです。登頂しても、山頂に何か特別な物質があるわけではありません。それなのに、「なぜエベレストに登るのか。」それは、「そこにエベレストがあるから。」なのです。

立て続けに登山映画を観る機会に恵まれ、「エベレスト 3D」を劇場で、「アンナプルナ 南壁 ー7400mの男たちー」をDVDで鑑賞しました。どちらとも、観終えたときの感情は言葉にしがたいものでした。

前者は、比較的新しくできた劇場で鑑賞したため、現状では最新の設備で楽しむことができました。特大スクリーン、クリアで3Dによる迫力のある映像、立体的な音響、劇場の醍醐味とはかくありなん、大満足の体験でした。これをも上回る、「MX4D」でどんな体験ができるのか、映画は本当に素晴らしい進化を遂げています。

両作品ともに言えるのは、山がただただ美しい、ということ。ヒマラヤの山々は現地の人々が信仰するチベット仏教の聖域です。「神々しい」という言葉が、ここの場所を表すために生まれたのではないかと思うくらいピッタリで、「美しい」ともまた違う、やはり「神々しい」場所なのです。

その神々の座に、小さな小さな人間が一歩一歩、遅々とした歩みで、しかし確かに山頂に向け前進します。ヒマラヤの山々ー荘厳で深淵なる生命ーと、人間ー脆弱で些々たる生命ーとのコントラストが、観終えた私自身を虚空へといざなうのでした。

動物の中で、人間のみ「無駄なこと」をします。思い悩んだり、苦しんだり、喜んだり、愛したりします。人間は、ほとばしる生命を「無駄なこと」を通して見出すのです。しかしそれは時に(いえ、大体の場合において)、同じ人間からすら本当の「無駄なこと」に見えたりします。確かにそんなことは必要ないのかもしれません。

でもやるのです。なぜなら、そう、 “Because it's there” 

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