12/01/2015

巌流焼

例えば小説を読んだとき、例えば映画を観たとき、誰しもが一度は「なんか結末がいまいちだなあ」などと思ったことがあるでしょう。わたしももちろんありますし、実際に最近も期待していた以上に面白かった映画の結末が想像できる範囲の終わり方で、ちょっぴり残念に思いかけたのです。

でも、よくよく考えてみると、結末というのはそれほど大切な部分ではないのかもしれません。推理小説やミステリーやサスペンス映画なんかの結末は、それはもう人の想像を超えてくるようなどんでん返しや意味深なセリフ、描写が重要です。そこが肝ですから。

しかし、そうじゃない作品なんかはどうでしょうか。思い浮かんだのが落語でした。落語にも話の結末がもちろんあります。サゲといいますが、それはそんなに重要視されていないように感じます。ダジャレのようであったりすることが多いです。サゲはきちんと結べていればそれでいいようなふうなのです。お客さんが、「これで終わりです、チャンチャン。」で拍手ができればいいんですね。つまり見てもらいたいところはサゲではないのです。

これと同じことが小説だとか映画にも言えるんじゃないかなあ。それを作っている人たちが見てほしいところというのは、結末ではないんでしょうね。思い返してみると、これはほとんどの作品に同じことが言える気がします。それに今更気が付くのですからどうしようもないのですが。つまり過程にこそ見てほしいものがたくさんちりばめられているのだと思います。それこそ、結末が「すべて夢でした」でもきちんと結べているのですからいいじゃないか、と思ってしまいます。

このことに気が付いて、やっと「結果より過程が大事」ということがなんとなくわかってきた気がします。人間、行きつくところはみんな一緒なんだものね。

0 件のコメント:

コメントを投稿