5/27/2015

みそ田楽

村社会という言葉がある。昔は近所中みんな顔見知りで子供の世話をしてあげたり、煮物を多く作ってお隣さんにあげたり、とにかくみんなで助け合って生きていました。最近はすたれてきているけれど、田舎なんかに行くとまだまだ村社会が息づいています。

もちろん村社会にも悪い面があって、まあむしろ「村社会」と言って語られるときはこのことを言っている場合が大多数を占めているわけですけれども、なにせみんな顔見知りなわけだから、少しでも付き合いが悪かったり、所謂村の長のような人の機嫌を損ねたり、暗黙のルールを破ったりすると、“村八分”にされてしまいます。もうそこにいられなくなっちゃうんです。

今現在SNSが発達したことで、「村社会化」みたいなことが起きています。例えば、LINEで“既読無視”をした、だとか、Twitterで全然反応がない、だとか。顔が見えないから割と心を痛めずに悪口が言えてしまうし、自分の鬱憤を晴らす場にしてしまう。陰口も、陰口でなくなってしまいました。陰口はもちろんよくないことだけれど、面と向かっては心が痛んで言えないようなことが、形としては言えるようになってしまっています。

人はみんな、闇というとちょっと過ぎるかもしれないけれど、暗い部分を持っているものです。人のことを憎んだり、羨んだり、嫌ったりするものです。それは表に出来るだけ出さずにしまっておくべきものだ、という前提と良心があるから人間臭くって地肌の生温かさがするからいいんです。顔と顔、生身と生身だから面倒臭くて素敵なんです。

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