6/21/2015

おしるこ

「明日」が「今日」なった。今日もちゃんと「明日」が来て「今日」になったんだ。その後ろにはまた「明日」が生まれている。たしかに生まれたんだ。

わたしが死ぬまで「明日」が「今日」になる。「明日」ちゃんと来るし、「今日」にもちゃんとなるんだ。絶望しそうなほど悲しいことがあっても、我を忘れるほどうれしいことがあっても、「明日」は来るし「今日」にもなる。泣いたって、叫んだって、歓喜したって、歌ったって踊ったって、お腹が減ったって、「明日」は来るし「今日」にもなる。

これはありがたいことだ。何があっても日は沈むし夜はふける。少し経てば日は昇って朝が来る。毎日毎日、律儀に確かに、来てくれる。まあ、きょうもがんばりましょうよ、ってどんなときも顔を見せてくれるんだ。生きているかぎり、この幸せを肌で感じられる。

わたしたちは、生きている。たしかに生きていて、「明日」が「今日」になることを知っている。みんなそんな風に生きている。この今日の日も、わたしが喜んだり、悲しんだり、どこか違うところで、知らない誰かが喜んだり、悲しんだりする。それでも「明日」はちゃんと来てくれるし、「今日」にもなってくれる。

いつもそうしてきたし、これからもきっとそうするだろう。「明日」が確かに来てくれるから、頑張れるし、「今日」になってくれるから、生きていられるんだ。みんなに平等に、にっこり笑いかけてくれるんだ。

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