6/23/2015

甘納豆

言葉にするということは、みんなに理解されている以上に大切なことなのかもしれません。何気ないことかもしれないけれど、「ありがとう」「ごめんなさい」「気をつけて」「おいしいね」、この類の気持ちは、口に出して表現することの方がいいものかもしれません。恥ずかしくって言えないときもあるでしょうし、場合によっては悲しくってとても口に出して言えない時もあるでしょう。でも、なるべく心から直接出てきたものを口に出す訓練はしておいた方がいいようにおもいます。

人前で喜んだり怒ったり悲しんだり楽しんだり、つまり、喜怒哀楽を表現することに遠慮しすぎているのかもしれません。言葉を口にするときは、必ず先立つものがあって、それをどうしても表現したくて「言葉」になるというのが自然であるべきだし、本当です。あまりにもそれを理性で押さえつけすぎて、人前では感情をあらわにするものではない、としてしまっていると、やがて心と口のつなぎ目がプツリと切れてしまうんです。現に、切れてしまっている人がたくさんいます。

この問題の、本当の問題は、他人に対して自分の感情を知らず知らず偽るようになることではなくて、自分自身に対して自分の感情を知らず知らず偽るようになってしまうことなんです。この「知らず知らず」っていうのが怖い。一度そうなると、あとで気が付くことさえ難しくなるし、正していくのは苦労がいります。

そのためには、感情やわきあがってくる気持ちを言葉にする訓練をすることです。ポッと浮かんできてきえそうなものも口に出してみる。喜怒哀楽の激しい人だと思われるくらいが、いまの時にはちょうどいいのかもしれません。案外人間は自分の思っていることを知らないものです。そして、それすらも気が付かないものです。

0 件のコメント:

コメントを投稿