昨日シャワーを浴びていたら、ふと「手放す」というワードが頭に浮かんできました。それは唐突で、何の関連性もなく出てきたものだったと思います。ひらめいた感じでした。それからしばらく「手放す」について考えたのです。
よく、欲しいものがあったら何か手放しなさい、そうすればそれが入ってくる、というような言葉を目にするし耳にします。なにかを「手放す」覚悟がないと、入ってくる余地がないというようなことでしょうか。考えてみれば、お金なんかもそうかもしれません。もちろん財産という意味では出ていくお金よりもとっておくお金の方が多くないと貯まりませんから、その辺はバランスですが、たしかに「手放す」ことで入ってくる気もします。
「かわいい子には旅をさせよ」ということわざも、こういった意味合いもあるかもしれません。目に入れても痛くない我が子であるからこそ、「手放す」ことで親も子も得ることがあるんでしょう。“子”が比喩であるという見方も十分できますよね。
そして私は今、“時間”を「手放す」訓練をしてみようと思っています。やっぱり時間が欲しいです。だから「手放す」をここにも活用してみます。きっと“時間”そのものとしてではなく、また違った形でかえってくることをいつか気が付ければいいです。とりあえず、やることやらなきゃね。取り急ぎこれにてご免。
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