1/10/2016

霜だたみ

わたしはTwitterを日頃からよく眺めています。スマートフォンをいじりだしたら、必ずTwitterを見ます。多分それぞれにスマートフォンをいじる時のルーティンワークみたいなものがあって、もはや自然に順番にアプリを開いていると思います。

特にわたしがハマったTwitterは実に良く出来たサービスだなぁ、と最近ふと改めて感心してしまいました。

人というものは、誰でも自尊心だとか、虚栄心だとか、そういうものを持っているようです。そして、物事を主観でしか見ることができませんから、どうしても自分と違った見かたや意見を受け入れにくかったりするみたいです。

「どうして自分はこんなに頑張っているのに、周りはそうじゃないんだ」「どうして自分はこんなに素敵なのに見てくれないんだ」ちょっと揉め事が起こったりするときの内容はだいたいこんな感じだったりします。「どうして自分と違うんだ」が、散発しています。

そんなことを考えながらTwitterを眺めていると、そうか、それを発信できる場なんですね。パパっと打ち込んでピっと発信。自分を省みつつ、いろんな人の「見て見てー」を見ています。

大多数の人間はセコいから、周りより頭1つ分だけ出ていたいと考えます。頭から下は周りと同じがいいんです。飛び出しすぎちゃうのは怖いんです。Twitterはその醜態を露呈できてしまう場でもあると思います。面と向かっては言えないようなことも、フィルターがTwitter用に薄く粗くなるから発信できるんですね。

すべての根源は「わたしを見て病」です。みんな「わたしを見て病」だとすると、おそらく「わたし」は大して見られていないよね。それに気づいてからというもの、結構愉しいです。

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