1/06/2016

アバデ・デ・プリスコス

友達の多い人なんかは特にそうなのかもしれませんが、人間は誰しも会う人会う人によって自分自身を演じ分けているんだと思います。そうじゃない人も中にはいると思います。ビッグスターだとか。

自殺してしまう子に、「自分自身のキャラクターを演じるのに疲れた」というふうに遺書に書いている子が、テレビの報道では割りと多くいるように思えます。自殺してしまうほど思いつめるというのは、大変なことだしあってはいけません。ただ、「演じる」という1点に関しては、そういうもんなんだよ。と誰かが教えてあげないといけないんです。

会社での自分、家庭での自分、友達といる時の自分、一人の時の自分、大きく分けてもこれだけあるし、さらに言えばもっと細かく「自分」は分けられます。その時その時によって演じ分けるものなのです。

つまり、「自分」なんて無いんだ、ですよ。自分という意識にあまり縛られないほうがいいのかもしれません。唯一「自分」だと言えるものは「身体」ですから。しかも、その「身体」だって常に変化しています。

ちょっとだけ、ややこしいんだけどね。でも、本当だと思ってます。

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